高田(岩手県陸前高田市)

高田
現・岩手県陸前高田市(1889-高田町/1955-陸前高田市
区域:第4区(沈水海岸)
湾形:乙類第六(湾内凸凹少)


明治三陸津波(1896)
波高:
死者:19人
流失倒壊戸数:1戸
再生形態:

「この高田の松林は耕地保護の為防潮林として設けられ、永く保護されてきたものであるが、この松林の為に我等の知れるのみでも明治29年昭和8年再度の津浪に、高田町は勿論、附近の耕地の災害を殆んど免れしめた事である。砂丘外側には4m乃至5m波高の津浪がせまつたのであつたが、この松を戴ける砂丘に支へられて、海水は高田平野の半ばにも達せず、高田町の主要部は2、3mの標高に過ぎないのに、完全に免れ得たのである。」(Y1943/p.25)


昭和三陸津波(1933)
波高:
死者:3人
流失倒壊戸数:
家屋流失倒壊区域(坪):
浸水家屋:4戸
再生形態:
移動戸数:
達成面積(坪):

「この高田の松林は耕地保護の為防潮林として設けられ、永く保護されてきたものであるが、この松林の為に我等の知れるのみでも明治29年昭和8年再度の津浪に、高田町は勿論、附近の耕地の災害を殆んど免れしめた事である。砂丘外側には4m乃至5m波高の津浪がせまつたのであつたが、この松を戴ける砂丘に支へられて、海水は高田平野の半ばにも達せず、高田町の主要部は2、3mの標高に過ぎないのに、完全に免れ得たのである。」(Y1943/p.25)


チリ地震津波(1960)

津波直後の陸前高田市:海岸には砂丘があって松林におおわれている。津波は1回だけこの松林をこえたが、引く時はこらは越えず、防潮林及び砂丘の効果を充分発揮した。しかし、気仙沼川河口付近の防潮林の欠けている部分よりかなり浸水し、砂丘背後の後背湿地に長期間たん水した。 」(K1961)

岩手県広田湾奥の高田松原でよく知られた、名実共に白砂青松の海水浴場である。チリ津波では4m以上5m程度の浸水となった。」(C2010/p.177)



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fig.高田:1948航空写真(国土地理院

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fig.高田:1977航空写真(国土情報ウェブマッピングシステム)

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fig.高田:震災津波前の航空写真(日本地理学会 津波被災マップ)

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fig.高田:2011津波遡上範囲(日本地理学会 津波被災マップ[速報])

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fig.高田:2011津波遡上範囲(日本地理学会 津波被災マップ)

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fig.高田:2011津波後の航空写真(google